『冷蔵庫を抱きしめて』 荻原浩 【内容・感想】
内容
『ヒット・アンド・アウェイ』『冷蔵庫を抱きしめて』『アナザーフェイス』『顔も見たくないのに』『マスク』『カメレオンの地色』『それは言わない約束でしょう』『エンドロールは最後まで』の全8つの短編集。現代病や現代にはびこる問題を描いている。
『ヒット・アンド・アウェイ』
不幸せな結婚をした母の背名を見て育ち、反発して家を出たにも関わらず、なぜかDV男に縁のある女性が主人公。幼い娘を抱え、再婚するもやはり夫は暴力を振るうようになる。自分のみならず娘にまで危機が及んでいると知った主人公は強くなるためにある行動に出る・・・。
『冷蔵庫を抱きしめて』
結婚前までは趣味、話、すべてがぴったりと合うと感じていたが、食の嗜好の違い、ずれを感じ、克服したはずの摂食障害を再発してしまう女性の話。
『アナザーフェイス』
サラリーマンの主人公は会社の同僚、取引先、友人から相次いで自分を目撃したと言われる。しかし、その場所に行った覚えはまったくないのだ。初めのうちは他人の空似であると考えていたが、目撃情報は自分の故郷にまで・・・。
『顔も見たくないのに』
見てくれは良いが、他の女性の影がちらつく彼氏と付き合っていた主人公だが、ついに浮気の証拠をつかみ、別れを切り出す。
もう顔も見たくない元彼氏だが、「ビッグなことをする」と主人公に宣言して・・・。
『マスク』
通勤にマスクをして以来、マスクが手放せなくなってしまった主人公。人の視線も気にならなければ、自分の表情を読み取られないから上手に立てた気がする。
花粉症と偽りマスク生活を続けるが・・・。
『マスクカメレオンの地色』
まずい、10数時間で彼が来てしまう。条件の良い彼をつかまえた主人公は彼を自宅に招いてしまった。下の階の湯ばあばが怖くてゴミ出しをできず、ごみ屋敷と化した部屋を掃除し、手料理を仕上げなければならないが・・・。
『それは言わない約束でしょう』
百貨店の婦人洋服店に配属された主人公(男性)だが、身に覚えのないクレームやトラブルに見舞われる。
『エンドロールは最後まで』
独身を「あえて」選ぶことを心に決めた主人公だが、映画の帰りに声をかけて来た男性と付き合うようになる。映画のような出会いであったのだが・・・。
感想
『顔も見たくないのに』『それは言わない約束でしょう』が特にお気に入りです。どちらもついつい笑ってしまう作品です。『顔も見たくないのに』の主人公の元カレは、ろくでもないが、なぜか憎めない存在です。オチもついつい脱力してしまいます。『それは言わない約束でしょう』は自分の癖に気が付いた後の吹っ切れた主人公が面白く、爽快です。
『ヒット・アンド・アウェイ』はDV夫の行動が気持ち悪く、不快だったため、すぐに読むのをやめようかと思いましたが、最後にスカッとする話でした。
表題の『冷蔵庫を抱きしめて』は、はじめ無神経だと思っていた夫の気づかい、優しさに温かい気持ちになりました。
『アナザーフェイス』は一体誰が主人公に成りすましているのだろう、と考えながら読んでいましたが、事態が思わぬ方向にすすみ、驚きました。スリリングで、他の話とは異色の作品です。
『マスク』は読みながら、マスクの安心感というのは非常に理解できるものであると共感してしまいました。しかし、主人公のように依存してしまうのは問題です。実際にマスク依存症の人は存在するようですので、興味深かったです。
『早稲女、女、男』 柚木麻子 【あらすじ・感想】
あらすじ
早稲田大学四年の早乙女香夏子はアルバイト先の大手出版社に就職が決まる。香夏子の就職祝いの飲み会には、だらしなく、留年を繰り返す脚本家志望の長津田という腐れ縁の彼氏も来ていた。香夏子と長津田はくっついたり離れたりを繰り返しており、香夏子の就職祝いの場で久しぶりに会う二人だったが、長津田は相変わらずそっけなく、態度が悪い。さらには香夏子が必死に就活に励んでいる間に急接近していたらしい女子大の後輩と仲良さげにしている。
こともなげに振る舞いつつも、内心動揺する香夏子だったが、内定先の紳士的な先輩社員に告白される。
頭が固く不器用で面倒な早稲女香夏子と、彼女の妹・友人ら五人の女子大生の青春小説。
感想
正直、現役早稲女である私からすると、「早稲女は香夏子のような人ばかりではないぞ!」と声を大にして言いたくなってしまいました。
すっぴんに適当なまとめ髪、着古したジーンズ。女子らしさを見せようとはせず、何かとつけて「どうせ早稲女ですから」と自虐する。恋愛にはひたすら頑固で不器用。旅行へ行くとなれば、その土地の歴史、文明に対する理解、関心を持つべきであると考えている。以上がざっくりとした香夏子の特徴です。
早稲田に入って3年半、私は香夏子のような人物に会ったことはありません…。しかしながら、これが世間の早稲女に対するイメージなのかもしれません。
思わず出版年を見るが2012年、比較的最近のもの。続いて作者プロフィールを見たところ、作者の柚木さんは立教大学出身でした。「作者さん、早稲女のことちゃんと知らないんじゃないの?うむ、少々納得がいかぬ」と考えたところで、その面倒な私のいちゃもんは早稲女っぽいかも、いかん、と思いました(笑)。
ただ早稲女にもギャル風、帰国子女、地味目(私を含め)、キラキラ女子と様々な人種がいるということだけはお伝えしておきます。
ここまで読むとこの本をおすすめしていないようですが、序盤を読んでブーブーといいつつも(もちろん声には出していません)、最後までページをめくる手がとまりませんでした。
本書は香夏子だけではなく、登場人物である妹、友人、先輩、後輩ら5人の女子それぞれを主人公にした短編で成り立っています。そしてそれらすべてがつながっていて、最後に香夏子の話が再び出てくるという構成です。
登場人物は早稲田、立教、日本女子大、慶応、学習院と異なる大学の出身なのですが、香夏子の友人三千子の回では「すべての大学生が皆、多かれ少なかれ、イタくて重いのかもしれない」と出てきます。私はこのセリフ(三千子の心の声)が最も印象に残っており、胸にストンと落ちたような気がします。その通りなのではないでしょうか。
人の弱さ、強がり、劣等感、ずるさ、悩み、様々な葛藤がつまった本書は、どの人物の回でもどこかしらは共感しましたし、自分にもこんなところがあるかもしれない、周りの友人もこんなことを考えているかもしれない、と気づかされもしました。
まとまりのない文章ですが、『早稲女、女、男』はキラキラの大学生活を夢見る女子高生、まさに現役の女子大生、働く女子、若かりし頃を思い出す主婦の方、とにかく女性の方々に読んでいただきたいと思います。もちろん男性の方はまた違った面白さがあると思いますし、共感する方もいるかもしれません。ご興味があれば、ぜひ手に取ってください。
『明日の記憶』 荻原浩 【あらすじ・感想】
あらすじ
50歳になった広告代理店営業部長の佐伯は自分の記憶力、体調に異変を感じる。過労のせいだと自分に言い訳を続ける佐伯だったが、訪れた病院で若年性アルツハイマーだと診断される。
仕事でも重要な案件を抱え、一人娘は結婚式、出産を控えていた。
自分だけは進行が遅いのではないか、まだ大丈夫だ、と考える佐伯だったが、家族との大事な思い出、記憶までもが病によって徐々に奪われていく。
そんな中でも、佐伯は自身を取り巻く様々な人々の温かさに支えられている。
悲しくも温もりのある山本周五郎賞受賞作。
感想
若年性アルツハイマーという、現代では珍しくない病気を扱った作品であり、数十年後の自分も同じ状況に置かれるかもしれないと重く受け止めました。
フィクションではありますが、主人公佐伯の言動に非常に感情移入してしまいました。診断を受ける前に、自分の異変に気が付き始めるのだが、ちょっとド忘れしてしまっただけだ、働きづめで疲れているだけだ、もう少ししたら休もう、と自分に言い聞かせる。診断を受けて愕然とするが、自分はまだ大丈夫だと考え、ミスをした際にもいちいち自分に言い訳をして、現実から目を背けようとする様がとても痛々しいとともに、もし自分が同じ状況に置かれれば、きっと佐伯と同じことを考え、するのだろうと感じました。
また夫の病に日々恐怖、辛さを感じているはずの妻枝実子が気丈に振る舞う様子に胸をぐさぐさと刺されるような気がしました。佐伯は辛さは見せず、明るく接する妻の胸中は察しつつも、とても助けられたのではないかと思います。
意地の悪い人物も出てきますが、それ以上に多くの温かい人々に支えられています。佐伯の人柄がよいからこそ、そのように周りの人に恵まれているのだと思います。
非常に重いテーマを扱っていますが、ただ暗い、辛いだけではなく、人のやさしさ、気づかいに触れることができる作品です。
切ないけれど懐かしくほほえましいラストシーンは思わず涙が出てしまいます。
心が閑散としている人、最近退屈だ、辛いと感じている人にはぜひ読んでみてほしいです。
『本日は、お日柄もよく』 原田マハ 【あらすじ・感想】
あらすじ
OLのこと葉は幼いころから好きだった厚志の結婚式に出席していた。そこで涙があふれるほどの感動的スピーチに出会う。こと葉はその祝辞を述べた女性、久遠久美に弟子入りする。そして気がつけば「政権交代」をねらう野党のスピーチライターとなっている。
感想
「言葉の力」というものが伝わってきました。失恋した主人公だが、スピーチに魅せられ、前向きにチャレンジする姿勢にこちらまで気分が高揚しました。
最初は敵視していた「ワダカマ」こと和田日間足との関係性の変化が面白かったです。
夢中になれるスピーチライターという仕事を見つけ、さらに生涯よりそう相手を見つけるというサクセスストーリーで、特急列車にのっているように気分爽快でした。最後、久美さんの登場、スピーチにはうるっときます。
『吸涙鬼』 市川拓司 【あらすじ・感想】
あらすじ
涙をすって生きる吸涙鬼と人間の純愛ファンタジー。
主人公美紗は満月の夜、屋上庭園で意識を失ったところを不思議な同級生冬馬に助けられた。翌日に彼のコテージを訪ね、二十歳で死ぬ病気を患っていることを告白する。
とうとう身体が弱って病室にいた美紗のもとに冬馬がやってくる。彼は美紗の病気を治すというのだ。
美紗の病気は冬馬により治るが冬馬は・・・。
感想
小説全体から、綺麗で、はかなく幻想的な雰囲気が漂う。
どこかミステリアスな同級生冬馬に惹きつけられます。
完全なるファンタジーなのですが、読んでいるうちに、吸涙鬼は実際に存在しているのではないかと感じてしまいました。
何年たっても、美紗がずっと歳をとっても、二人はどこかでつながっているのだと思います。
ラストが切ないです。
ハッピーなものしか読みたくない気分だ、という方にはおすすめしませんが、泣きたい、切なさを感じたい、センチメンタルな気分だという方はぜひ読んでみてください。
『少女は卒業しない』 朝井リョウ 【あらすじ・感想】
あらすじ
他校との合併のため、翌日には校舎が取り壊されてしまう高校の卒業式の一日が、7人の少女の視点から描かれている、ほろ苦い青春小説短編集。
図書室の優しい先生への想いをつづる「エンドロールがはじまる」、退学してしまった幼馴染の話「屋上は青」、生徒会の先輩、先生の話を答辞形式で語る「在校生代表」、「寺田の足の甲はキャベツ」、「四拍子をもう一度」、「ふたりの背景」、「夜明けの中心」が収録されている。
感想
まず驚いたのが、作者が男性であることです。本作品では少女たちの揺れ動く細かな心情が表現されています。切なさがあるけれど、読後感が爽やかです。
私が特に好きな作品は「屋上は青」です。主人公孝子が芸能活動の結果、退学してしまった幼馴染尚樹から屋上に呼び出され、卒業式をさぼる場面が描かれています。
孝子の方は、尚樹の夢に向かって突き進み、一見周りを気にしないかのような自由さに憧れ、羨み、自分だけ取り残されてしまうような寂しさ、焦りを感じています。その一方で、尚樹の方も、型にはまった真面目にならざるをえない孝子をすごいという。
最後に、いつも飄々とした尚樹が実は不安を抱えていることがわかる場面があります。心の中で尚樹を必死に応援する孝子の様子に温かい気持ちになりました。
いつもお互いのことが心のどこかにいるのであろうこの二人の関係がとても素敵だと感じました。
『僕らのごはんは明日で待ってる』 瀬尾まいこ 【あらすじ・感想】
あらすじ
主人公の葉山君はあることがきっかけで、本ばかり読み、周囲から浮いた生活を送っていた。しかし高校の同級生、上村と体育祭の競技米袋ジャンプを機に急接近し、付き合うことになる。
暗い葉山だが、あっけらかんとした上村に振り回されつつ、心を開いていく。
大学生になってもゆったりとした付き合いを続けている二人だったが・・・。
感想
個人的にとてもおすすめな本です。重いテーマを扱っているのに関わらず、爽やかで、笑えて、幸せな気持ちにさせてもらえます。
読んでいる間、とにかくこの二人のカップルのキャラクター、関係性が大好きだと思いました。マイナス思考で暗くて不器用な葉山。悪口のようになってしまいましたが(笑)、上村に振り回され、ぐるぐると考え込む様子がとても可愛く、愛おしく思えました。一方上村は明るくあっけらかんとしているようで、実は様々なものを抱えています。いつも突然な上村には、読者である私も振り回されっぱなしでした。一見対照的な二人ですが、突拍子もない言動をするという点は似ていると思います。
またタイトルに出てくるように、二人はよくファーストフードで「ごはん」をともにしていて、重要な事件も食事をしながら起こります。
決して完璧ではない二人に共感できる点も多いでしょう。中高生から大人まで幅広い年齢層の人が楽しめる本である思います。ハッピーになりたい人、明るい気持ちになりたい人はぜひ読んでみてください。